コンタクトケース

空のコンタクトケースが
今も洗面所でポツリ
君の帰りを待ってるよう
お前も置いていかれたのか

 

聴こう聴こうと思いながら今日初めて聴いた曲

コピーバンドのボーカルの子も上手くて、歌詞がはっきり入ってきて、久しぶりに人のライブで泣いてしまった。

去年の夏らへんも、ナイトクロージングを聴いて後悔したっけ。

今夜も眠れなくなりそう。

苦しいって感情が永遠に続いたらいつか心臓になんかしら影響が出ればいいのに

特に問題なく今日も生活している

自分最低だなってわかっていながら縋ってしまっている。優しさと後ろめたさに挟まれてあの子が泣いていたらどうしよう

あぁ、でも、どうしようもないんです

通りで

深夜、コンビニエンスストアから帰り道。横断歩道に差し掛かったところでひとりの女の子に目が溜まった。彼女は小さな身体を器用に使い白線の上だけを歩いていた。子供の頃にやった覚えのある、所謂、願掛けというものかもしれない。彼女は一体何を願ったのだろうか。気になる男の子との恋の行方か、今夜の夕飯の献立か、はたまた世界平和の類だろうか。

そんなことを考えていたら縁石に足を取られつまづいた。無精にも横断歩道の脇をショートカットした報いだ。

これから横断歩道に差し掛かったら私も白線を歩こうと思う。これから先もう2度と、つまづくことのないようにと願いながら。

シークレットルーム

かつて誰宛にでもなく書いた記憶の告白を、瓶に詰めて流したのでした

夢の岸辺に流れ着いたそれの栓を抜くと、うんざりするほど鮮明に、気持ちとやらは蘇るものです(どうせ忘れてないことが多いのでおんなじことなのかもしれませんが。悲しいことに)

 

滞った時分の関係性の浅はかさのせいで、映像の中の僕らも、秘密の共有に躍起になっていて、胸を張れるようなことは何1つなかったので、呆れて笑ってしまったのですが、正にそれこそが望んでいた姿だったのかもしれません。

 

誰にも見られない部屋に逃げ込んで、誰にも見せられない姿になる2人が今夜も何処かに。

バズマザ

10/14にバズマザーズと対バンします

新曲を作りましたので歌詞を載せます

緊張しないで出来るかな。

何気に復活ライブなのです。

parkside motelを今後もご贔屓に

 

 

キーワード

 
♭寄り道した途中で

大事なものを失くしたところ

♯な輪郭をしたあの子は

何を問いかけても空返事で笑った

 
どんな言葉が鍵をこじ開けて

あの頃みたいに戻れるかな

「後悔するかも」

優しさに飢えていて

気が狂ったのかもしれないや


いっそ刺してよ その事情で

その後のことは死ねば気づかずにいたよ


飼い慣らして得意げなアルレッキーノ

誰も居ない舞台で踊り続けている

 
視界の隅に捉えてたものを

誤解か何かと信じてたけど

翌る日扉が閉まったその時

気が狂ったのかもしれないや

 
魔法の言葉で鍵をこじ開けて

あの頃みたいに戻れたとして

また堂々巡りの陣取りゲームの末

気が狂っちゃうかもしれないな

 
噛み付いて切り裂いてまだ

「会いたい」なんて言う矮小

焼きつく痛みを抱きしめるトラウマ

 
聞かせて ディスアグリー

今 受け入れてしまうでしょう

気が狂っちゃうかもしれないなぁ

クローズドルーム

Rorschach テストの結果を眺める精神科医は自分は「正常」であると信じて疑わないだろう。

「正常である」とは一体なんなんだろう。

無意識のうちにそれを判断した時、「平均」「平凡」なもの浮かべてしまいがちだ。

「常」という言葉にその意味合いが含まれているのかもしれない。大いなる人類の歴史の中で「常に」見られてきた行動を「正しく」擬えているか。そこが大切なのかもしれない。

しかし、この「常」ということを個人に当てはめてみたら、その人にとってはそれが日常なこともある。

「異常」であるということは、「発症」と同義なのかもしれない。

生まれた時から、社会的に異常であるひとは、自分を鏡に映して何を思うのだろう。

 

盲目の人のことを考えたことがある。

生まれた時から目が見えない人は、景色、色、物の形。その全てを一度も見たことがない(触ってわかるということはあるかもしれない)のに何をどうやって認識しているのだろう。

例えば人の「顔」なんて想像もつかないじゃないだろうか。そもそも人間は皆顔があるよという事実さえも。

海外のテレビ番組で目が見えないのに風景画が描ける人が出ていた。

「んなことあるわけないでしょ???」ってのが初めの感想だ。

目が見えないと、想像もできない知覚(所謂第六感?)が発達して認識出来るようになるだとかなんとか。

でもその人は後天的に目が見えなくなったのか先天的になのか。そこはよく見ていなかった。

先天的だとしたら、たとえ感じる力があっても、一度も見たことがない(そもそも見るという概念がない)人が、映像として外界を捉えることなんて一体全体どういうことなんだろう!!

本当に全てのことは「体験してないからわからない」で片付いてしまうことが多すぎる。

 

それと、目が見えないと「色」を認識したことをおそらくないだろう。そういう人は「色」ことを何だと思ってるんだろう。それと瞼の裏は一体どんな色が広がっているんだろう。教えて貰うにもその人にも何色なのかわからない。(後天的に見えない人に聞けばきっとわかることなんでしょうけどね)